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LEAD TO
THE
FUTURE
建物を未来へつなぐ仕事

寺田 孝士
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寺田 孝士

長居工場 畳製作 2009年入社

お客様にも製品にも真摯に向き合い、
昔から続く文化を守り伝えていきたい。

  • TAKASHI
    TERADA’S
    INTERVIEW
    寺田 孝士さんにインタビュー

  • 入社のきっかけを教えてください。

    昔から畳とか日本の文化が好きで、携わりたいと思っていました。以前は屋根瓦の工事の仕事をしていましたが、落ちたんです屋根から。それで怖いと思ってしまって、ほかに何か日本の文化に関われるような仕事を探していました。ちょうど子供も産まれて安定した環境を求めていたので、歴史のある『田村栄』に興味を持ち応募しました。

  • 担当業務について教えてください。

    長居の工場で、畳の製作をしています。現場から上がってきた部屋の寸法を見て、割り付けと言って6畳なら1つの部屋のサイズを6畳で割り、その割り付けに合わせて1枚1枚機械で畳を作っていきます。同じ1畳でも、既製の畳を敷き込むと微妙に隙間が空いてしまったりするため、実際の部屋を採寸したうえで1枚ずつ作る必要があるんです。朝来たらまずは機械に油を入れて整備・調整し、割り付け通りに大きな畳床を機械で裁断していきます。畳表を張り付け、縁(へり)を付ければ完成です。

  • どうやってお仕事を覚えていくのですか?

    最初はまず配達をしながら、部屋の採寸や畳を敷き込む作業を覚えていきます。エレベーターがない団地の5階まで1枚約20キロの畳を持って上がり、重くなった古い畳を降ろすのは少し大変ですが、入居者に迷惑をかけないよう配慮して作業を進めます。1カ月は先輩が同行してくれます。私の場合は、1年半ほど配達の仕事を経験し、製作へ。通常は機械で製作しますが、まずは手作業での畳の作り方を学びます。なぜ手作業での畳製作を学ぶのかというと、のちのち手縫いの技術を評価する技能試験があるためです。手縫いがある程度できるようになったら、機械の使い方を覚えていきます。

  • インタビューイメージ
  • お仕事のやりがいを教えてください。

    通常は新人や配達専門のスタッフが行くので、今は配達することはほとんどないのですが、やはりお客様のところへ配達にいったとき、喜んでもらえることがやりがいです。
    製作に関しては、長方形ではなく端が欠けた形のものなど特殊な畳がたまにあるのですが、そういう場合には手で切ったり縫ったりします。キレイな仕上がりにするのは大変な分、完成すると達成感があります。納得いくような技術がどれだけの期間で身につくのかは、本人次第だと思います。私は3年くらいかかりましたね。

  • お仕事を通して身についたことや成長・変化を感じる部分はありますか?

    真面目に仕事に取り組む姿勢が身につきました。お客様に対しても製品に対しても、真面目に向き合うことは、仕事をする上で大切にしていることです。淡々と技術を磨いていくことで、お客様のニーズに応えられる仕事だと思います。屋根瓦の仕事をしているときから寺社仏閣が好きで今もたまに行ったりするのですが、畳を見たらどうしてもへこみや隙間が気になったりしますね。

  • 『田村栄』で働く魅力は?

    職人4人、配達5人、統括している人が1人で、畳の部門は10人みんな男性です。同じメンバーで同じ仕事をしているので、気を遣うことがない職場です。
    入社から8年後、製作を6年半程経験してから1級畳製作技能士の資格を取得しました。資格取得は必須ではありませんが、社員はみんな試験を受けており、取得した資格に対しては資格手当が付きます。また、引越しが多くなる時期に近づくと残業もありますが、残業手当や休みについてもきっちりとしている会社です。

  • これからの目標を教えてください。

    次の世代にバトンタッチできるような道筋を、作っていきたいという思いはあります。畳業界としては縮小傾向にある中で、やはり一家に一部屋は欲しいもの。昔から続いている日本の文化だと思うので、大切に残していきたいですね。 
    どんな仕事でも共通すると思いますが、コツコツ取り組む姿勢がないと続かないと思います。真面目に取り組める方なら、知識や技能はのちのち身についてきますし、そういう方に技術をお伝えしていきたいと思います。興味がある方は、是非一緒に仕事をして欲しいです。

PROFILEプロフィール

寺田 孝士

寺田 孝士

長居工場 畳製作 2009年入社

前職は屋根瓦の工事を手掛ける会社に勤務。2009年『田村栄』に入社し、畳製作の道へ。1年半の配達担当、6年半の製作経験を経て、1級畳製作技能士の資格を取得。

インタビュー:2019年7月